安史の乱は杜甫に何をもたらしたのか

パネリスト:

好川聡 (岐阜大学)「自京赴奉先県詠懐五百字」以降の杜甫詩の展開について

遠藤星希(法政大学)杜甫の詩における「山河」の在り方とその変質について――安史の乱の前後を中心に――

高芝 麻子(横浜国立大学)杜甫の月が照らすもの

司会:大橋 賢一(北海道教育大学旭川校) 

 

唐代文学史上において、盛唐と中唐の画期をなす歴史的事件が安史の乱であることは、論をまたないであろう。ただ、文学史の中で言及される安史の乱は、おおむね社会の構造(制度や階層)を変化、変質させたきっかけとして位置づけられており、乱そのものが文学史に及ぼした作用については、これまであまり論じられてこなかったように思われる。一方、安史の乱という社会の衝撃が、個々の詩人の詩作に与えた影響については、すでに研究が行われており、成果が挙げられている。もし詩人ひとりひとりの詩作に影響を与えているとすれば、乱そのものが文学の大きな流れに作用を及ぼしているという見方もできるはずである。マクロな視点で文学史の総体をとらえ直し、再構築するためには、上述した問題意識のもとで、詩人たちが残した個々のテクストを分析し、その成果を積み上げていく地道な作業がやはり必要不可欠である。そこで今回は、盛唐以後の文学を切り開いたとされる杜甫にまず照準を定めることとしたい。杜甫の詩作活動は、三期ないし四期に分けてとらえられることが多いが、どちらの場合も、第一期と第二期の境目に安史の乱を置くことは一致している。すなわち、安史の乱をきっかけとして杜甫の詩風に変化が生じたということは、理解が共有されているのであるが、その変化の具体的な内容はといえば、戦乱を目の当たりにしたことを契機として、社会の現実と人民の苦悩に詩人が目を向けるようになり、独自の「社会詩」を生み出した、という文脈で論じられることが多い。むろん、この「社会詩」という視点が重要であることはいうまでもないが、より多角的な視点で、杜甫の詩と安史の乱の関係をとらえ直す必要があるのではないか。本シンポジウムでは、安史の乱が杜甫によってどのようにとらえられていたのか、あるいは、安史の乱が杜甫の詩にどのような質的変化をもたらしたのかという点について、三人の登壇者がそれぞれ異なる視点から考察し、報告を行う。参加者との意見交換を介して、盛唐詩から中唐詩への変化に対し、安史の乱がどのように作用したのかを考える糸口としたい。

2022年08月14日